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ミロのヴィーナス

患者さんから、「himeさんは愛嬌があるね」と言われた。

「へ?愛嬌ってなんですか?」

って聞き返したら、

「女は顔じゃない。愛嬌が一番大事なんやってことや」
と笑って言われた。

これはゆゆしき問題のようでもあるが、とどのつまり、顔はイマイチであるが、私にもいいところがあるということらしい。

患者さんは「褒め言葉やで」とも付け加えてくれたから、いいことなんだろう。


まぁ、私は自分のことを過大評価できるような性格でもないので、自分のことは重々わかっているし、「おっ看護婦さん!美人だね!」なんていわれるよりも心地いい。

しかし、乙女心は複雑である。

やっぱり、女なんだから、「美人だね」「綺麗だね」「色気があるね」の三大褒め言葉を一回くらい言われてみたいような気もする。

やっぱり乙女心は複雑である。


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話は変わって、ミロのヴィーナス。

ミロのヴィーナスがなぜ美しいと感じるのか、考えたことがありますか。
女らしい肉体美。
肉付きの美しさもさることながら、人には美しいと感じる法則があるのだという。

西洋美術史を教えていた教授の退職記念公演で話されていたことを思い出した。

ギリシャ芸術の特色には理想美があり、その表現方法としてカノン(比例)がある。
今日の美人の条件であるカノン、「八頭身」だとかもっとも美しい形をあらわす「黄金分割」というのは、このギリシャ時代から考えられていたものだと。
特に女性の美の表現には、「左右の乳の間」とおへそと股間の一点の距離の長さが同じであること。
この法則をあてはめると、人は美しいと感じるのだそうです。

そういえば、左右対象の建造物をみても、美しいとかんじますよね。
例えば、インドのタージマハールとかもそうですよね。


思わず、自分の体を測ってみたくなりましたが、悲しい結果となること間違いなさそうなので、やめておきます。


そして、人々がミロのヴィーナスを美しいと感じるのは、このカノンだけではないんですね。
ご存知、ミロのヴィーナスには腕がありません。

最初に作られたときは、一体どんな形をしていたのか。
りんごを持っていたのか、恋人の肩に手を乗せていたのか、いろいろ想像することができます。
そう、完成形でないところに、美しさを感じるんですね。

もしも、ミロのヴィーナスが完成形でみつかっていたら、ここまでもてはやされることはなかったのかもしれません。



人間も同じで、不完全だからこそ、面白いと感じたり、美しいと感じたりすることも多いような気がします。
すべてがパーフェクトだから美しいのではないんですね。


そういった意味での美人になれるように、私もイイトコロを伸ばしていきたいなぁと思います。
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by himenobile | 2007-01-25 02:38 | ♪うらら日記