「ほっ」と。キャンペーン

いじめられることといじめること

b0039246_15143237.jpg
日々不規則な生活なもんで、世の中のニュースに疎かったりする私ですが、昨今のいじめニュースはちらちらと新聞で目にしています。
それにたいして、なにやら変な意見がでていたようですねぇ・・。

いじめた側を隔離してしまうってハナシ。
本当かよ?
いじめの元となっているものに蓋をしちゃえ。
まさに臭いものには蓋をしろ。
状態。

いや~よくもこんなことを考えつくものですねぇ。
あきれます。
んなことやったって、何が解決するんだって思いますけど、日本のお偉い方たちは、どんな思考回路をしているんでしょうか。
頭の中をのぞいてみたいです。

ってか、物事の本質をちゃんと見ていないからこそこんな意見がでるのでしょうね。
恥ずかしいと思ってください。


まぁ、このハナシはおいといて、いじめですが、人間集団がある限り、いじめはなくならんでしょうなぁ。むしろ、コレだけの人が群れていて、仲間外れやいじめがないほうがおかしい。
ましてや、自分の気持ちを素直に表す子供時代にいじめがないのはもっとおかしい。
だって、ドラえもんの世界でもいつものび太君がいじめられてるじゃん。
人間社会でもまれて人は、いろんな事を考えて、成長していくんです。

だからって、私はいじめを推進してるんじゃないけど、あってあたりまえのいじめをこの世の悪とみなし、根絶しようとしている社会の動きが怖い。


そもそもなんでいじめが起こるのか考えてみると、いろんな原因があるにせよ、いじめのターゲットとなるのは、集団から外れた何かを持っている人、個性があるということ。
それが本人にとって悪いことではない場合もたくさんあります。
でも、いじめられている人は、なんで自分がいじめられる対象になるのか考えたことがあるでしょうか。
私は小学生の頃に、いじめられたこともいじめたこともある人間なので、なんとなくどちらの気持ちもわかります。

いじめられている時の私は、何を言われても言いかえすことができなく、嫌でもそのリーダーとなる人の命令に従うのみ。言い返せないもんだから、そのリーダーとなる人も図にのるわけです。小学生だから、たいしたいじめじゃないけど、寒い寒い冬に素手で池にはった氷をとってこいと言われて、心の中で泣いていた記憶があります。しもやけになりそうな赤い指先の映像は今でも忘れません。

私の場合は、学校内ではなく、毎日ほとんど学校帰りにそういったことがあったので、登校拒否はならなかった。というか、学校を休みたいと怖くて親には言えなかった。

でも、学校帰りの仲間外れや、いじめは母の対応で環境がかわりました。
スカートをびしょびしょにして帰る我が子を見て、おかしいと気付いたんでしょうね。
理由を問われたので、そのへんの男の子に水を間違ってかけられたとウソをついた。
でも毎日そんなことをされるのはおかしいもんね。
ウソを見破られた。
「その水をかける男の子はどこのどいつじゃぁぁぁ!!!」とすごい剣幕で、私を自転車に乗せてそのいじめとなる男の子を捜すこととなってしまい、探しても見つかるはずもなく、泣く泣くウソですと謝った。
同じクラスの女の子からこういうことを言われたりされたりしているとはいた。
たぶん、学校にも連絡したんだろうなぁ。私はそのへんのことは知らないけど。
でも、私に対しても母は怒った。
いじめられるあんたも悪いと。
嫌なら嫌となぜはっきり言わんのだ!!
そういう態度をしているから相手はつけあがるんだ。と。


そんなわけで、うちの母はいまでこそ、温和な人柄になりましたけど、子供時分はめちゃくちゃ怖い人物だったので、いじめられるよりもお母さんに怒られることのほうが怖くて、私は強くなった。
ここで言い返さなきゃ、またいじめられて、お母さんに怒られる。という変な図式ができてしまった。

それがエスカレートし、とうとう、いじめられた相手を6年生の頃にはいじめ返していたという結果になるんですが、もう過去のことなので笑って許してください。

そのいじめていた女の子は、両親が共働きで家に帰るといつも一人で淋しそうだった。
新しい服を買ってもらったら「これオニューやねん。ブランドものやねん」といつも自慢していた。
家にはカラオケがあるだとか、いつもモノの自慢をしていた。
何か心の中で満たされないものを昇華させるためにいじめていたんだろう。
そうすることで自分の存在を感じ自分を保っていたんだろう。
今でこそ、そう思えるのだが当時のわたしにはわかるはずもない。






b0039246_15183048.jpg
いじめられる側の原因として、私のように、言い返すことができない子であるとか、毎日お風呂に入っているのか疑問が残るような不潔気味の子だとか、あいさつしても暗い顔をしてる子だとか、逆に金持ちで自慢しちゃう子だとか、自分のことをかわいいと思ってやまない子だとか・・(笑)
小学生の頃だからそんなもんかな。笑

ここでいえるのは、ある一群に所属していると、その集団を平均化してみて、その平均ラインから外れている子がそれにあてはまりいじめの対象になるわけです。
例えば、お金持ちの集団だったら、普通の家庭の集団ラインでひっかかっていた子も前者の集団ではひっかからないわけになる。
内気な子達の集団であれば、私もいじめの対象にはならないわけ。
所属する群から抜けて、また違ったグループに自分をおけば、そういったラインの対象にはならないことも多々あると思います。

しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、すべてがまわりの環境によるものではないということ。
いじめられたり、いじめられなくても、何か自分は除外されているというか違和感を感じるとき、自分を振り返ることが大切だと思います。
自分を内から見るだけではなく、外からもみてみること。
外面なんて、気にするのは大人の世界だと、偽善者だと若い頃は感じるかもしれない。
自分は自分だと思う気持ちも大事だけど、この社会は集団で成り立っていることは覆すことができない。それを受け止めることも大事なんだ。
その上で、自分は何が違っているんだろう。
それを考えながら生きていかなくちゃならない。

排他されている原因が自分の内面にあるならば、どこの集団に属してもなじむことはないから。治せるところは治す努力も必要だと思う。
真正面から自己と向き合うこと。
そして、決して逃げ出さないで。
人のせいばかりにしないで。
そして、自分では解決できないからといって、安易に命をたたないで。
世間から同情の波を期待して死なないで。
死んだ後に、それを確認するために成仏しないで、永遠にこの世をさまようのは辛く苦しいこと。
生きるよりも、もっと辛い、永遠地獄だよ。
生きているうちに、解消できることは解消してしまって欲しい。



いじめる側に言えること。
私をいじめたあの子のように、自分の心が満たされない為に自分の存在を感じるため、弱いものをいじめて己を保つ。
または、自分が集団から排他されるのを恐れるあまり、誰かをあざ笑い、誰かをいじめることで自分がその対象とならにようにいじめる。
または、自分がさも素晴らしい人間であり、力の誇示を示したいがために、驕り高ぶり誰かをいじめる。←とか、「あいつ見てるだけでイライラするんだよね~」という理由だけでいじめる。
または、現実にリアリティーを感じたいがために、とりあえずいじめたり、殺人をする、というたちの悪い飽食時代の産物である場合もある。

まぁ、理由はそれぞれだけど、いじめる側もだいたいが自分がラインの内側にあるぜ、ということをいつも保っていたいと思う願望があるんじゃないかと思う。
これはね、学校だけではなく、大人の世界になってもあることだ。
現にうちの職場では自殺未遂者をだしたことがあるそうですから。
人の命を守り、看護する集団の中で起こった出来事ですよ?
ありえないと思うでしょう?

でも看護師だって、人間。
女の集団であり、大きないじめはないものの、やはり好き嫌いはあるし、排他される人も現にいる。まぁ、大人の世界だから、排他される人っていうのは「個性」という、良い意味でぬぐいきれないような原因をもっているので、どうしようもありません。
表面上は、仕事をする上で仲良くはしてますが、人の腹のうちなんてどんなものなのかわかりませんよ。怖いです。

みんなにあわせろとはいいません。
でも、仕事をする上で最低限のマナーや気遣いは職場では必要です。
あと、大事なのは、その場の空気をよめるかということ。
空気が読めない人って言うのは、本当にマズイ。
一気に場を壊してしまいますし、それがお客様である患者さんにまで響いてしまう。
空気を読んで、少しはその場にあう発言をすることも大事なんですよ~。

私だって、猫を20匹被って働きつづけていたら、突っ込み派だったのに、いつからか、天然ボケだといわれ「いじられキャラ」になってしまった。←いじめキャラではないですよ^^
この年になって新たな自分を発見することができた。
新たな集団群に新たな自分がいて、楽しい。
そう、これを楽しいと思うようになった。
だから今、仕事に行くのが嫌じゃない。
文句ばっかり言ってたって仕方ないし、楽しまないと。

楽しめる工夫をするのも、自分自身。
明日を生きていくのも私自身。

生きることは不自由なことも多いけど、自由に生きることができるようにするのも自分自身。
やれるだけのことはやってみて、そして、いつも自分に謙虚であること。
奢るとまわりも、自分も見失うことになる。
辛くても、今の自分を受け止めること。
まずはここからスタートすることで、いじめのエスカレートは防げるかもしれません。
そして、いじめのパワーをもっと他のことへ向けられる広い視野をももつことも大切だと思います。
[PR]

by himenobile | 2006-12-01 14:18 | ♪うらら日記