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人生の目的は勝ち馬じゃない

人生の目的は勝ち馬じゃない。
人生は「正しい生」のあり方を探求すべきだ。

国試の勉強中こんなことを考えていた。
今となっては、ただ逃げ出したかったのかもしれないと思う。

現代は即物的業績主義の時代に直面し、かつてないほど現実感覚がせりだし「勝ち馬」になることを無条件によしとする時代。
生きるために、時代の思考枠を順守するのが「現実感覚」
即物的な業績時代。ご時世としてこの「現実感覚」が受け入れられている。

この対極にあるのが「可能性感覚」
正しく生きるために時代の思考枠を超越する思考であり、より内美をはらんだ世界を構想することをさす。

先日の新聞で紹介されていたのが、「可能性感覚」を小説で描いた、ローベルト・ムージルの「特性のない男」。
主人公の、ウルリヒが「千年王国」という、無時間的な愛の原理をとく。20世紀の反ユートピアの陥弄から逃れ、「正しい生」のありかた、道をも示唆する。


人生に対して野心家であることに、私は反発しているのではない。自分の人生の中であらゆる努力をおしまず、前へ進み社会的地位を、名誉を獲得していくことは素晴らしいことであり、凡人の私には成し遂げられることではない。その努力の陰にある、精神力に対しても尊敬の念すら感じる。
しかし、私が今まで出会ってきた人の中で、いわゆる「勝ち組」と呼ばれる人が、その社会的地位や名誉とは裏腹に、どこか内面が満たされずに、心にぽっかりと穴をあけている人が多いのも否めない現実である。

例えば、どんどんと栄誉や名誉、社会的地位といった「鎧」で見を固めていくうちに、その「鎧」を着ていないと生きられなくなってしまった人。自分の弱さや虚無を感じているからこそ、そうやって「鎧」を着つづけるんだろうけど、その「鎧」がなくなったとき、その人はどうなるのか。どうやって生きていくんだろう。おせっかいな私は、そんなことまで考える。

過去の自己に囚われつづけて、その呪縛から抜け出せずに人生を終えていく人。
過去は過去。今の自分は今の自分。それでいいじゃないか。そんな自分も自己の一部であると私は言いたい。

社会的な栄光を収めつつも、さらに前へ進み内面もそれに伴って上昇していける人はそれでいいだろう。どんどんと自分らしく輝いていける人はそれでいいだろう。
きっとそういった、名誉や栄光は、普通の幸せで満たされるような人間には、なかなかめぐってこないのかもしれないから。人生において、何かを心の繊細なところで感じ取れる人だけが、満たされない思いに、別のところへとパワーが注がれ、人生の活力となり、進んでいけるのかもしれない。

でも、そういった人たちにこそ、別の生き方もあるんだよと教えてくれているのが、この小説だと思う。

時代の現実感覚に振り回されることなく、自分と言う意識を持ち、自分らしく生きていくことこそが「生きる」ことなんだと教えてくれているような気がする。
時代の波に乗ってしまうほうが簡単だし、評価されて社会的にも認めてもらうことができる。でも、自分の人生にとって社会とは何なのか。社会がなにを満たしてくれるのか。

これから定年を迎え、より自分と向き合っていく父たちの世代は、大丈夫なのかと心配になる。家庭をかえりみず、しかし家族の為にと一生懸命働いてきても、仕事以外での居場所がなく、家族に理解されなければ報われない。最近の熟年離婚は、きっとこのようなケースが多いのではないかと思う。
精一杯、社会に貢献したところで、その社会からは駒のような扱いをうけることだってある。そんなものに期待してはいけない。向き合うのは社会ではなく自己だ。

人生は仕事ではない。仕事は手段であって、目的ではないと私は考える。
もちろん、仕事が趣味の人もいるだろうし、それはそれでよい。
これは、私一個人の考えである。
最後には、どんな名誉や地位があったって、人の心を動かすのはそれらではない。

では、なにが人の心を捉え、その心を満たしてくれるのか。
こんなところで、安っぽい言葉ですますのは、安易過ぎると思うが、今の私には「愛」という言葉しか見つからない。
モノに囲まれることや、お金に囲まれることで心が満たされる人もいる。
他者からの愛がなくとも、自己愛で満たされる人だっている。
しかし、人の心を動かすのは、物質的なものや、形だけではないはずだ。
目に見えないものや、それに通ずるそれ以上のもの、「愛」がなければ人の心は動かない。
心を動かすのは心。それを愛というのではないのか。

人にはそれぞれの考えや生き方がある。
私がとやかくいう必要もないだろう。
でも、私はたとえ自分が現実感覚で言うところの「勝ち馬」になったとしても、今を生きる自分を見失いたくないし、過去ではなく、今を生きる自分を誇れるような人間でありたいと思う。

そんなことを考えさせてくれた、この「ユートピアの精神史」
京都新聞で連載中です。
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by himenobile | 2006-03-14 01:33 | ♪うらら日記