「ほっ」と。キャンペーン

床の間

いやーはやー。
もはや、こんな時代になってまで「新聞」を情報源にしている「アナログ人間」himeぞうです。
ネットでニュースとかあたりまえの、世の中なんですけど私はどうもダメなんですね。
ネットは目が疲れるというのもあるんだけど、どこから読もうかなーーって思いながら、パラパラめくって読む新聞の方が好きです。
ちなみに、新聞配達の人のバイクの音も大好きです。(あっ、あと一時間くらいしたら、くるぞ!)

他にも。
たとえば、読みたい小説があっても今ならネットにつなげば読める!っていう時代です。んで、実際につなげてみて、読むんだけどしっくりこない。
で、結局本を買いに行く・・という道を辿ります。
CDにしてもそう。簡単にパソコンにどんどん落とせて、しかも値段も安くて便利。という世の中。
でも、私は気に入ったCDは必ず、お店に買いに行きます。
ジャケット含めて、そのものすべてが私にとって、大切なものだから。

なーんて、こんなこといってもうちの弟には理解してもらえないだろうなぁ。
まぁ、価値観の問題だし、私が本当に化石的人物で新しいことに興味をもてないだけなのかもしれないんだけど。といいながら、時代の波にのって、ブログとかしてる自分がいるんですけどね。やだーーん。


そんな、わたしの大好きな新聞に載ってたのが、床の間のことです。
私の家にも床の間はあります。
でも、なぜか二階にあるので、カーテンがつるされ物置と化しています。
そんな床の間って一体何をするところだったのか?ということが書いてありました。

床の間は美術品を飾るだけの場所ではないんですね。飾りの場として工夫したのは「茶の湯」であったそうです。ご存知の通り「茶道」って階級を超えてみんなが同じ場所に集うことができるサロンです。

「初期の茶書には招かれるときの種々な心得が説かれていた。お互いに平等に会するために、一段高い座(床の間)を設けたのである。狭い座敷なので時に身分の高い人がそこに座ることもあった。その必要のないときは飾りの間として使われた。そして、客に対し心をこめた亭主の飾りが一座の心をつなぐ。床の間は実に人を結ぶ要の役割を果たすのである。」

このあと、茶室から書院、町屋や民家に床の間が広がっていきます。床の間には掛け物と花を飾るだけでなく、いろんなものが飾られたそうです。面白いなぁと思ったのが、「暑い日に床の壁に水を打った濡壁」デス。
すごい。
芸術ですよね。こういう感覚、私、震えちゃいます(笑)

こういうスタイルを気にしない、ということからもわかるように、
「どのような芸術も宗教も思想も拒まない包容性をもつ空間だった。その座敷に集う人々が多様な価値観を認め合い、協調と和合の境地に至るよう、導く役割を果たしていた。」

素晴らしい。
ドイツの建築家も絶賛してますけど、ジャパニーの私も大絶賛ですよ!!
こういう文化が、思想がもっともっと広がっていくと、もう少しだけ世の中平和になるんじゃないかなぁと思います。
自分も大切だけど、生きてるのは自分一人じゃないし、まわりあっての自分なんだから、人の話をきくこととか、人それぞれの価値観を認めるのはとても大切なことだと思います。どれだけまわりを受容しあえて、かつ、自分の意見も大切にできるかですよね。
受容って、我慢じゃないと思うんですよ。
こんな人も、そんな考えもあるんだって思うことで、気づくことで、自分ひとりでは知れなかった様々な「こと」や「もの」「考え」が見えてくると思うから、自分にとってはとてもプラスなことなんですよね。

あーーー。
よく実習で、患者サマに「共感」して「受容」することが大切なんて、言ってたけどさ、よく考えたらコレのことだったのかぁ・・なんて。
最近、あんまり人と接してないから、ちょと寂しいhimeなのでした。
実習がなつかしーーい!
[PR]

by himenobile | 2006-02-06 03:17 | ♪うらら日記